俳優・声優・ナレーション 森山 周一郎

一度聴いたら忘れられない、低く深く響く心に残る声
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Profile

愛知県名古屋市生まれ。
愛知県立犬山高等学校卒業(高校時代は野球部に所属)、日本大学藝術学部映画学科中退。
劇団東芸第1期研究生。
舞台出身であることと渋みのある低い声質を用い、映画「紅の豚」主役・ポルコの他、 俳優・声優・ナレーションと幅広く活躍中。

Episode

昭和9年会エピソード

愛川欣也と私とで「昭和9年生まれって芸能人に何人位いるか調べてみよう」と芸能人名鑑をめくると、いるわ、いるわ!で37名もいる中から18名を選び創立メンバーとした。

条件は入会金9万円、月会費9千円、定例会は月1回。第一9日に何処かに集合。徒党を組んで海外で豪遊あり、夫人同伴で外食等さまざまなコードをつけた。発足したのが1976年春。私が42歳の時だった。

中には9年では無いのに加入しようとしたり、芸能界で歳をサバ読んでるけど本当は9年生まれだから入会させて欲しいと免許証を提示して来た人もいた。大橋巨泉である。条件コードを満たす事が出来なかったメンバーは費用を全部払わされた。

ワルイ事ばかりして来たので、これ以上エピソードは暴露出来ない。月1回バカな遊びをする会である。

昭和9年会 発表会 昭和9年会

軽かった脳梗塞

1999年7月23日の朝。いつもは家にいるはずのない日にたまたま久喜にある自宅にいて、締切日を迫られていた食卓で原稿用紙に向かっていた。握ってるはずのペンがポトンと落ちた。「あれ!?」「おかしい…」右手がだらりと動かなくなった。

病気知らずの夫のただならぬ雰囲気に驚き妻は電話に飛びついた。いつも一日消防署長や救急隊とのお付き合いがあったからか、妻が受話器を置いたと同時に自宅前にサイレンが鳴った。早朝のことだったので、集まって下さった近所の方々に恐縮し「お騒がせして申し訳ありません、もう大丈夫ですので」救急隊から「これは脳梗塞ですよ」「もう大丈夫ですから」と言う私に「軽いものでもちゃんと検査を受けなくてはいけませんよ!!」あの時の救急隊の方のこの言葉がなかったら、体に自信のあった私は今こうしていなかったかもしれないと思います。何せ365日、3食肉でしたから。魚と野菜が嫌いで・・・。

現在は、妻に1日ボールいっぱいの野菜を食べさせられています。

軽かった脳梗塞

家族

結婚して60年になります。

私は昭和ひとケタの人間ですから、普段は照れて何ひとつこんな事言ったことありませんが、妻敬子には感謝しています。

愛知県犬山高校の同級生で、僕の家庭教師をしてくれて、日銀に勤務していたような秀才が先の見えない劇団俳優のタマゴと5帖半のアパート暮らしに付いてきてくれた。新劇俳優と言えば“食えない代表の職業”と言われた時代だった。彼女が一番の“博打打ち”だと思います。

長男が35年に生まれ、人に頼まれ購入してあった久喜の土地を思い出し、子供を育てるのには緑にあふれた久喜は絶好の場所だろう。中学生くらいになったら東京に戻ってくればいいと思い家を建てたら、妻も子供も友人知人が増え離れられなくなったと言うのが久喜住まいの真相です。その久喜で、長女(S39年)が生まれ、長男は会社員の傍ら司会業、娘は嫁ぎそれぞれ二人の孫に恵まれました。

妻も私も健康なので有り難い事だと感謝しています。

家族対抗歌合戦
森山周一郎
Voice Sample